「AI×デジタルデバイス×SNS による女性がんサバイバーのQOL向上応援プロジェクト」成果報告
株式会社ヒューマノーム研究所(以下「当社」)は、株式会社リサ・サーナ(本社:神奈川県横浜市、代表取締役:上田暢子、以下リサ・サーナ)、株式会社ニューロスペース(本社:東京都墨田区、代表取締役社長:小林孝徳、以下ニューロスペース)と共同で、女性特有のがんに直面する方のための無料会員制SNS「Peer Ring」会員様にご協力いただき、デジタルデバイスを活用した日常生活を検証する共同研究プロジェクト「サバ子ちゃんヘルスアップチャレンジ」を実施しました。ここに実施結果をご報告します。
分析結果のサマリー
- 100名中97名が3ヶ月間の本プロジェクトを完遂した(完遂率97%)。
- コロナ禍にもかかわらず、参加者の3ヶ月間の平均歩数は9,391歩/日、中等強度以上の運動身体活動時間は34分/日と、アクティブな方が多かった。
- 食事評価の良し悪しに影響を受けて運動する方は少数で、普段から定期的な運動習慣ができている人が大半であった。
- よく運動している人ほど平均的に睡眠時間が短い傾向が確認できたが、運動と熟睡度には関連性は認められなかった。
- 測定の継続や継続的な運動の実施には、参加者同士の励まし合いが影響していることが明らかになった。
- 終了後アンケートにおいて全員から「参加してよかった」との回答をいただき、参加者の満足度がとても高いプロジェクトとなった。
調査の経緯・概要
プロジェクトの背景
最新の統計情報では、日本人は生涯のうち2人に1人(男性:65.5%、女性:50.2%)はがんに罹患すると報告され、今やがんは誰にでもかかり得る病気となりました。特に女性特有がん(乳がん、子宮頸がん等)は、20-50歳代の働き盛りの世代で罹患率が高く、就職、 結婚、妊娠、出産、育児などのライフイベント中にがんに罹患します。そのため、女性特有がん患者には、心理面(不安や恐怖、抑うつ、怒り等)と社会面(医療費・生活費等の経済的問題、家庭内の役割、仕事との両立等)の両面で課題を抱える方が多くいらっしゃいます。
近年がんサバイバー(がんと診断された経験がある方)を対象とした研究が多く進められています。特に、適度な運動は治療の副作用である倦怠感や抑うつ状態を軽減し、患者のQOL(Quality of Life:生活の質)を向上させるという研究結果は広く知られています。2019年には「がんサバイバーに関する運動指針」も発表されましたが、日本国内の女性がんサバイバーの活動を調査した研究は少なく、知見が不足しています。
本プロジェクトでは、女性特有がん患者のピア・サポート*1コミュニティであるPeer Ring会員様にご協力いただき、「Fitbit Inspire HR™」*2による活動や睡眠状況の計測・毎日の生活アンケート・会員同士の交流活動調査を 3ヶ月間実施し、取得データをもとに運動・食事・睡眠の専門家からのコメントをつけた個別のフィードバック行いました。運動・睡眠・仲間同士の励まし合いが、会員の健康回復や安定した日常生活の維持にどのように貢献するのか、最新のAI・データサイエンスを通して分析・可視化していきます。
プロジェクトの実施スケジュール
プロジェクトの実施概要
- 調査対象者:Peer Ring会員女性100名(経過観察中36%、ホルモン療法中37%、抗がん剤等で治療中27%)
- 対象者属性
- がん種:乳がん68%、卵巣がん14%、子宮体・頸がん13%、その他5%
- 年齢:40代50%、50代34%、30代11%、60代5%
- 調査項目:Fitbit Inspire HRによる活動量(運動量、心拍数など)および睡眠(睡眠時間、睡眠ステージなど)調査、毎日のアンケート(体重、日々の体調、主観的睡眠評価、主観的食事評価など)への回答、Peer Ringでの投稿状況調査
- 調査実施期間:2020年8月10日(月)~2020年11月9日(月)
- 調査主体:株式会社ヒューマノーム研究所、株式会社リサ・サーナ、株式会社ニューロスペース
調査結果の詳細
参加したきっかけ
本プロジェクトの開始にあたり、参加理由を伺いました。がん罹患後、生活習慣の乱れを感じている方も多く、運動不足の解消や生活リズムの確認、Fitbitでの体調・健康管理を目的とする回答が多く見受けられました。
「参加したきっかけ」 回答抜粋
- 定量的に自分の生活習慣について把握したい。睡眠時間と質を把握したい。今の運動量が足りているか、不足しているかを知りたい。3ヶ月なら続けられそう。
- ホルモン療法を来年から始める予定だが、太らないか心配なので、運動や睡眠の分析をして頂ける事に魅力を感じた。
- 罹患してから運動不足を実感しているが、自分ひとりでは解決できず、参加することにより自分自身を奮い立たせたい。
- 癌に罹患する前はヨガやスイミングなど定期的に運動もできていたが、癌と診断されて治療や手術を受けてからは運動を全くする事がなくなった。乳がんの再発を少しでも回避する為に体重コントロールが必要と分かっていてもなかなか出来ていない為、何かきっかけがあればできるのかと思い参加を希望した。
プロジェクト前の運動習慣
本プロジェクト参加前は、約半数の参加者が「定期的な運動習慣はない」と回答していました。
参加者の完遂率
半数以上の参加者には運動習慣がなかったにもかかわらず、プロジェクト完遂率は97%、完遂した方のアンケート回収率は平均93%、Fitbitデータの取得率は98%となりました。非常に高い完遂率、データ取得率でプロジェクトを終了することができました。
取得したデータ例
以下の図は、参加者の歩数および心拍について可視化したグラフです。各参加者ごとに歩数・心拍の毎時平均を算出し、その数値を色の濃淡として表現しています。1マスは1時間、1列は1日となるよう、時系列に沿って3ヶ月分並べることで、参加者の時間帯ごとの行動パターンと生体データの関連性を読み取ることができます。
参加者の運動量
参加者の平均歩数
参加者の平均歩数は9,391歩/日であり、平均的な日本人女性の1日あたりの平均歩数・5,832歩(令和元年国民健康・栄養調査出典)を大きく上回る歩数であることがわかりました。
参加者の運動時間
参加者の測定期間中の中等強度(少し息が上がるような強度)以上の1週間の平均活動時間は 236分でした。米国対がん協会のガイドラインでは、1週間に150分以上運動することが推奨されています。参加者のうち、推奨運動量を満たす方は61名、うち27名は、推奨量の倍(300分/週)以上、中等強度以上の運動を実施していました。また、プロジェクトの前半と後半で運動量の変化はなく、期間を通して一定量の運動を実施していました。本プロジェクト参加が運動習慣獲得の手助けになったと考えられます。
治療状況による運動時間の比較
また、参加者の1日の平均運動時間を、治療中と経過観察中の2群に分けて比較しました。両群間に有意な差は認められず、参加者は治療開始後から日常生活が戻りつつある段階にあっても、継続的に運動の実施を心がけていることが明らかになりました。
上記の結果から、Peer Ring会員の皆様は、これまでに報告されている「がんサバイバーの予後やQOL向上のためには運動が効果的」というエビデンスを理解し、積極的に実践に移すことができる健康意識の高い集団であることが読み取れます。本プロジェクトでの計測結果は、この母集団の持つ特性が反映され、一般平均と比較して運動量が多い結果になったのではないかと推測されます。
参加者の食事評価と運動の関連性
参加者の食事バランス評価
測定期間中、参加者には前日の食事バランスについて、翌朝に5段階で評価していただきました。2点、3点(いつもどおりのバランス)、4点に回答が集中していましたが、一定数、1点(バランスがとても悪い)、5点(バランスがとても良い)と回答する方もいました。
食事と行動パターンの関連性
前日の食事評価の点数とその点をつけた翌日の歩数を回帰分析により可視化することで、食事と行動パターンの関連性を確認しました。下記の通り、食事評価に関わらず、運動を定期的に実施している人が大半であり、食事評価に影響を受けて運動量が変化する人は少数でした。このことから、多くの方は、食事内容の良し悪しに関わらず、定期的に運動を行う習慣ができていることが推測されます。
参加者の睡眠と運動・体調の関連性
参加者の睡眠時間分布
参加者の睡眠時間は、短睡眠型(6時間未満)、中間型(6時間以上、7.5時間未満)が多くを占め、長睡眠型(7.5時間以上)は少ないことがわかりました。
参加者の総睡眠時間と運動・体調の関連性
参加者の総睡眠時間と歩数、中等強度以上の運動時間、体調の関連性を検討した結果、歩数や中等強度以上の運動時間が増えると睡眠時間は短くなる傾向が確認されました。運動時間の長い方は、仕事・育児・家事などをこなした上で、一定の運動時間を拠出しているため睡眠時間が短くなっている可能性が考えられます。一方で、日々の体調と毎日の総睡眠時間の間には関連性は確認できませんでした。
参加者の歩数と熟睡度の関連性
参加者の歩数と熟睡度の関連性を検討しましたが、有意な関連性は認められませんでした。
個人に着目すると、運動量に関係なく熟睡度が変化する人が大半でしたが、中には運動量によって熟睡度が変化する人も確認できました。運動量と熟睡度を記録することで、運動量の過多や自分にあった運動量を把握できるため、熟睡度を高めることができる可能性があります。
参加者のSNS交流と運動の関連性
Peer Ring会員の皆様はSNS上での交流が非常に活発です。本プロジェクトに関する交流が行われていたスレッド内も、数人の参加者がハブとなり、活発な情報交換が行われていました。
今回は、SNS上での交流頻度と運動量の間に関連があるかを確認するため、参加者のSNS投稿数(記事の投稿、コメント、「いいね」のアクションの総数)と運動量の関連性を検討しました。
投稿数と運動量の関連性
下記の通り、投稿数が多い方は、運動量も多い傾向が確認できました。
同じ目的を持つ会員同士がSNSで交流することにより、病気や治療に関する悩みや不安だけでなく、運動内容や実施タイミングの共有が行われます。「Peer Ring」というコミュニティ名の通り、「みんなと一緒に頑張ろう!」という仲間との連帯感や前向きな気持ちなど、心理的にプラスの効果が生まれていると考えられます。
投稿が他者の行動に及ぼす影響
会員同士の交流や声かけなど、SNS活動が運動のきっかけとなるのかについて検討を行いました。それぞれの会員間における接触回数を可視化・指標化することにより、投稿者が及ぼす影響を抽出するための分析(ネットワーク解析)を実施しました。
上記は、サバ子ちゃんヘルスアップチャレンジに関する情報を投稿するスレッドの解析結果です。上記の通り、赤丸の方(グラフ中央部)の投稿に対し、非常に多くの方が反応を示しています。また、丸はそれぞれの参加者の運動量となります。丸が大きいほど運動量が多い、グレーの線はコメントの有無、色の濃さはコメント数の多寡を示します。コメントをしている方は活動時間が長い(丸の大きさも大きい)ことがわかります。
参加者による本プロジェクトの評価
プロジェクト終了時の参加に関する所感
終了時アンケートでは、全ての回答者から「参加してよかった」との回答を得ました。アンケートの回答やFitbitの装着などが大変だったものの、会員同士の励まし合いを支えに継続できたと回答した方が多かったのも印象的でした。また、プロジェクト参加前には、43%の参加者は「定期的な運動習慣はなかった」と回答していました。このことより、本プロジェクトに参加し、会員同士で運動の実施を報告し合うことが、運動習慣のきっかけとなった可能性が考えられます。
「毎日の測定を継続する後押しになったエピソードやきっかけ」回答抜粋
- 仲間たちが一緒に頑張っているんだなと思うと、頑張れると、日々思っていた。 歩数、運動量など記録をとると目に見えるので、より頑張ろうと思えた。
- 毎日の歩数チェックをする事が楽しみになった。継続する喜び、達成感を味わえた事が何よりも励みになった。
- Peer Ringを通して、みんな頑張っていると感じられた。
- 他のサバチャレ(サバ子ちゃんヘルスアップチャレンジの略称)メンバーのSNSでの投稿ややり取りで、自分も頑張ろうと思えた。
本プロジェクトに対する総合評価
参加者へのフィードバックの送付後に、本プロジェクトに対する総合評価アンケートも実施しました。結果、95%の方から「本プロジェクトに満足した」との回答がありました。プロジェクトを通して自分の体調により興味を持ってもらえたこと、Peer Ringのコミュニティの輪がさらに広がり新たな交流がいくつも生まれていたこと、コミュニティで支え合い励まし合いながら積極的に運動していたことなど、嬉しい報告をたくさんいただくことができました。
「プロジェクトにまつわる思い出やエピソード」回答抜粋
- 治療中、散歩に出るのもしんどいときにみなさんから励まし、優しいお言葉をかけてもらえて気が楽になった。
- 私がFitbitを身につける事で家族の意識も変わった。
- 治療経験者と繋がり励まされた。
- とにかく楽しみながら出来た。
- 今までほとんど運動をしていなかったが、これをきっかけにウォーキングしたりエクササイズをするようになった。
- 普段繋がれない地方のユーザさんとも一体感を感じることができた。
本プロジェクトのNPS® *3調査結果
本プロジェクトと同様のプロジェクトが開催された場合、他のPeerRing会員さんに参加を勧めたいと思うか?という設問を用意し、NPS®(ネットプロモータースコア) を算出しました。
本プロジェクトは、+25.9%という非常に高いNPS値を取得することができました*4。
おわりに
まとめと提言
新型コロナウイルスが流行し「新しい生活様式」が提言された2020年5月から動き出した「サバ子ちゃんヘルスアップチャレンジ」プロジェクトは2020年12月に無事終了いたしました。様々な制限が強いられる環境の中、感染リスクを最大限低減するため参加者説明会・測定は全てオンラインで実施し安全に終えることができました。今だからこそ得られるオンラインによる臨床研究に関する実施知見と、貴重なデータが数多く集まりました。
女性がんサバイバーの方の活動を調査した研究報告が未だ少ない中で、今回のプロジェクトでは、100人 × 3ヶ月 = 300ヶ月分もの非常に大規模なデータを取得しました。1人の一生に例えるならば、約25年分の活動量や睡眠、アンケート等の項目を毎日計測した計算になります。
女性のがん患者さんや患者さんを支える方々の中には、様々な心理・社会的苦痛を経験し、悲しい思いをされた方もいらっしゃると思います。この1年は新型コロナウイルスの影響で外出が制限され、さらに気持ちが沈む日々が続いています。そのような中でも、Peer Ring会員の皆様は非常にアクティブで、SNSを通じ、お互いに励まし合いながら前向きに生活されている方が多いことがわかりました。
また、健康計測にSNSでの交流を掛け合わせることで、健康管理の継続率向上効果に加え、新たなコミュニティの創出に繋がることがわかりました。複数人で同じ目標を掲げることで新たな交流の輪が広がります。たとえオンラインであっても、良質な人と人との交流は、生きるチカラ、未来への活力につながる、ということを改めて実感できるプロジェクトとなりました。
今後はひとりひとりの睡眠・運動・体調・食事に着目した検討を行うことにより、参加者の特性を明確にし、より個別化したフィードバックの提供システム整備に取り組みます。さらに、現状のPeer Ring内のSNS機能に、運動や栄養に関するサポートなど、Peer Ring内での交流を活発化する機能を追加し、健康に生活を送る女性がん患者のさらなる増加を目指します。
当社は女性がんサバイバーの治療に伴う悩み、「健康に自分らしく生きたい」という望みにお力添えできるエビデンス提供へ向け、取得データの統合解析を続けてまいります。また、今回の研究成果はがん患者の生活習慣に対するアドバイス提供システムや、類似する罹患状況・環境の会員を紹介するSNS機能など、がん患者の不安を軽減する技術創出に活用していきます。
修正履歴
訂正部分(2021年2月17日付)
2021年1月26日(火)15:00に掲載いたしました本プレスリリース内におきまして、内容に一部誤りがございました。深くお詫びいたしますとともに、2021年2月17日に本文の一部を下記の通り訂正いたしました。
- 訂正前:調査対象者:Peer Ring会員女性100名(66%が治療中、34%が経過観察中)
- 訂正後:調査対象者:Peer Ring会員女性100名(経過観察中36%、ホルモン療法中37%、抗がん剤等で治療中27%)
変更履歴
- 2021年2月17日:対象者属性、プロジェクト開始前の運動習慣に関連する情報を追加しました。
用語補足
- 同じ症状や悩みに直面するピア(仲間)が体験を共有し、互いをサポート(支援)していくこと。
- Fitbit、及びFitbitのロゴは、フィットビット・インクの米国及びその他の国々における商標、サービスマーク、かつ、または、登録商標です。その他のFitbitの商標は https://www.fitbit.com/legal/trademark-list をご参照ください。本リリースで言及されている他のすべての商標、サービスマーク、製品名称は、その各々の所有者の所有物です。
- Net Promoter®およびNPS®は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。
- 今回のNPS®スコアはPeer Ring会員の女性がんサバイバーという条件の場合に限られます。NPS®の一般的な解釈方法についてはこちらをご覧ください。
本プロジェクトに関するお問い合わせ
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