異質倍数体における遺伝子発現比の変動を検出する新手法「HOBIT」に関する共著論文発表のお知らせ

当社代表の瀬々が携わった共著論文「A likelihood ratio test for detecting shifts in homeolog expression ratios in allopolyploids」が、2025年10月25日公開の国際学術雑誌「New Phytologist」に掲載されました。

本研究は、農研機構・孫建強 主任研究員、横浜市立大学木原生物学研究所・清水健太郎 客員教授(チューリッヒ大学 教授兼任)との共同成果となります。

本研究では、コムギなどの重要な作物に多く見られる「異質倍数体」が、環境に応じて遺伝子の働き方を変化させる様子を、これまで以上に正確かつ広範に解析できる新しい統計手法「HOBIT(Homeolog Bias Identification Test)」を開発しました 。本手法は、気候変動に強い作物開発など、持続可能な農業の実現に貢献することが期待されます。

研究の背景と目的

コムギやワタ、キャノーラなど、私たちの生活に欠かせない作物の多くは、異なる種間の交雑によって生まれた「異質倍数体」です 。異質倍数体は、それぞれの親種に由来する遺伝子セット(ホメオログ)を複数持つことで、単一の親種よりも幅広い環境で生育できるなど、優れた環境適応能力を持つことが知られています 。

この能力の鍵と考えられているのが、環境の変化に応じて、どちらの親由来の遺伝子をどのくらいの割合で働かせるか(ホメオログ発現比)を変化させる仕組みです 。しかし、この「遺伝子の使い分け」の変化を正確に捉えることは難しく、特にコムギのように3種類以上の祖先を持つ複雑な異質倍数体に対応できる統計手法はこれまで存在しませんでした 。

研究の概要

そこで本研究グループは、RNAシーケンス(遺伝子の活動量を網羅的に読み取る技術)のデータを用いて、この「遺伝子の使い分け」の変化を統計的に検出する新手法「HOBIT(HOmeolog Bias Identification Test)」を開発しました 。HOBITの主な特徴は以下のとおりです。

  1. 複雑な作物にも対応:従来の手法では解析が難しかった3つ以上のサブゲノムをもつ植物(例:六倍体のコムギなど)にも対応しており、より多様な生物種へ応用することができます。
  2. 遺伝子ごとの「比率の変化」を検出:同じ遺伝子でもホメオログ発現比は、環境や条件によって変化します。HOBITはこの比率の変化に注目し、環境応答や進化の手がかりとなる遺伝子の特定情報を提供します。
  3. RNA-Seqのばらつきも対応した設計:設計時に現実のRNA-Seqデータに多く見られるばらつき(オーバーディスパージョン)を考慮し、より信頼性の高い結果を出力できる手法としました。

今後の展望

本手法は、本手法は、タネツケバナ属(Cardamine)の実験データや、主要作物であるコムギ(Triticum aestivum)の実データに適用した結果、生物学的に整合性のあるデータが得られました。

HOBITは今後、これまで解析が困難だった様々な異質倍数体において、環境ストレスへの応答や、組織ごとの遺伝子機能の違いなどを解明するツールとしての活用を見込んでいます。また、本ツールを通じ、植物が持つ環境適応の仕組みの理解を深めることで、将来的には、気候変動下でも安定した収量をもたらす新品種の開発といった、育種分野への貢献が期待されます 。

当社は今後も、生命科学分野におけるデータ解析技術の研究開発を通じて、科学の発展と社会課題の解決に貢献してまいります。

発表論文

Jianqiang Sun, Jun Sese, Kentaro K. Shimizu; A likelihood ratio test for detecting shifts in homeolog expression ratios in allopolyploids, New Phytologist (2025), doi:10.1101/2025.07.01.660977


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