湯野浜ヒューマノームラボ 第2回:100年続くヴィンテージ・ソサエティをめざして【前編】

ヒューマノーム研究所と生体データ観測・解析を専門とするベンチャー企業5社による共同研究プロジェクト「湯野浜ヒューマノームラボ」の連載企画。第1回では、このプロジェクトの起点となるヒューマノーム研究所立ち上げのコンセプトや、「ヒューマノーム研究」の創り出す未来について、ヒューマノーム研究所の井上浄に話を聞いた。

第2回、そして続く第3回では、実際にどのような観測を行ったのか、そして参加者が何を思い、考えたのか。プロジェクトの具体的な取り組みをまじえながら、観測の舞台・湯野浜へとフォーカスする。

ヴィンテージ・ソサエティをめざして

ヒューマノーム研究の最初の舞台は、今回のプロジェクト名にもなっている山形県鶴岡市の温泉地・湯野浜である。この場所との出会いについて、井上は次のように話している。

「湯野浜は、鶴岡市のなかでも最も高齢化が進んでいる地域です。宿泊施設が少なくなり、商店街も間もなく最後の商店がなくなろうかという厳しい状況ですが、たくさんの観光客が温泉に訪れています。

ここを盛り上げていこうと、湯野浜では今回の共同研究とは別に、経済産業省のリビング・ラボというプロジェクトが動いていました。高齢化という課題に対して、ヴィンテージ・ソサエティをコンセプトに生活現場から新しい研究を見出すという取り組みです。ジーンズも、古着じゃなくて、ヴィンテージというように、『高齢化社会』ではなくて、年を重ねるごとに価値が上がっていくような『ヴィンテージ・ソサエティ』を作るということです。

また、それ以前に湯野浜では温泉街の経営者たちが中心になって、『100年先も変わらない価値を軸に、100年続く街にしたい』と、そういう熱い思いを持って『湯野浜100年』という株式会社を作ろうとしていたんです。湯野浜にある『温泉・白浜・海』、これはずっと変わらない。そして100年後どういうところにしていきたいかという話になって、僕はこの3つの中心に『人』を加えて、そしてヒューマノーム解析を通じて、そこに住む人たちが健康に100年生きて、元気なおじいさん、おばあさんがサーフィンをするようなヴィンテージ・ソサエティをイメージしました。

そういう話をする中で、いよいよヒューマノーム研究所という会社の設立を決め、じゃあ一回やってみましょうということで、今回のセッティングとなりました」

世界で最初の25人が集う

こうして2018年12月6日、旅館「亀や」で、世界で初めての試みに参加を表明した25人への説明会が行われた。データを提供するのは湯野浜で働くおよそ40~60代の男女である。12月から1月にかけて、途中休止期間をはさみながら、合計4週間にわたり毎日睡眠や食事、血圧などのデータを記録してもらう。これに加えて腸内環境を調べるための採便を行うほか、観測期間の始めと終わりに聴診や血液検査、身体測定なども実施する。

参加者には、スマートフォン、血圧計、活動量などを計測するウェアラブル端末、睡眠観測計、毎日記録するアンケート用紙などが配布され、観測する項目ごとに各社の担当者が機器の使用方法や記録の取り方について説明を行った。

<参加者が行う1日のルーティン>
起床時:血圧測定
朝食:食事を撮影しアプリに登録
昼食:食事を撮影しアプリに登録
夕食:食事を撮影しアプリに登録
就寝時:血圧測定、睡眠計測器をセット

  • 1日中ウェアラブル端末を腕に装着
  • アンケートに服用薬やアルコール摂取量について毎日記録
  • 間食など3食以外の飲食もすべてアプリに記録する
  • 各種デバイスの充電

ヒューマノーム研究は、最新のバイオテクノロジー、人工知能技術だけで成り立つものではなく、未来を予測する礎となる健康・行動情報データを提供してくれる人たちの協力が不可欠だ。しかし、一般的に健康な人からデータを取得することは難しいと言われており、ヘルスケアなどの分野に関わる研究機関や事業者では、被験者が集まらないという課題を抱えているという。

今回の観測では、アプリを起動して食事を撮影し記録する、血圧計とアプリを同期させる、睡眠観測計を寝具に設置するといったことなどを行う。ひとつひとつの操作はシンプルで簡単だが、すべてを毎日続けるとなると、スマホを使ったことのない人にとってハードルが低いとは決していえないだろう。また、機械に苦手意識のない人にとっても、持ち歩くデバイスが増えることや、忘れずに記録するよう気にかけなくてはならないことなど、日常生活において不便を感じる場面は想定された。

しかしながら、参加者は皆一様に熱心に説明を聞き、分からないことがあれば同席した参加者や各社スタッフに質問して、一緒にデバイスを操作してみるなど積極的な様子がうかがえた。それはなぜなのだろうか。説明を聞き終えた参加者に声を掛け、参加した動機などを尋ねると、こんな答えが返ってきた。

好奇心には勝てない

「未知の世界。自分の体がどうなのか知りたかった」(50代男性)

「体の中で何が起きているか分からないので、それが分かるのが楽しみです」(60代女性)

「頭の中ごちゃごちゃ。うまくできるかな。お酒を飲んだ時、眠り、寝つきが悪いので解明できればいい」(60代男性)

「ふだん健康診断を受けていなかったので、結果を見せてもらったりメリットがあると思った。スマホが難しい。画面は強く押しすぎちゃダメ」(50代女性)

「今年4月からダイエットして20kg落としている。この機会にさらにやせよう、継続していこうと思う」(40代男性)

「はじめての経験で、こんなに大掛かりだと思わなかった。けれど、きちんと説明してくれたのでいろいろ参考にして頑張ります」(60代女性)

大変そうとは言うものの、観測そのものや結果を楽しみにしていると話してくれる人がほとんどだった。そうした反応が意外だったという感想を伝えると、湯野浜100年株式会社のメンバーでもある竹屋ホテル専務取締役の佐藤航さん(写真)は、即座にこう答えてくれた。

「好奇心には勝てないからですよ」

「本当に素直な人たちなので、お願いすれば、湯野浜のためとか、知っている人のためになるっていうのであればやろうという思いはすごくあると思うんですよね。それに、こういうことを調べられる機会というのは、世の中に転がってはいないですよね。私の場合は、健康診断も忙しくて行けていなかったので、何かが分かればいいなというのがまずひとつの理由です。もうひとつは、このプロジェクトをスタートにした未来がすごく輝かしいですよね。明るいというか、ワクワクしかしないじゃないですか。

たとえば血液検査すれば全部分かるものだと思っていたけれど、そうじゃないんだと、これで見えることはここだけで、さまざまな情報を横に串刺しにしたときに、見えるもの、感じられるものがある。自分がどんな状況なのかというのが具体的に見られる。それが今後のスタンダードになったらすごい時代になるだろうな。それを体感できると思いました。

『好奇心には勝てない』と言ったのは、自分の健康に対してということもそうですが、スマホを使っていない人たち、というのが浮かんできて。機会の提供ですよね。スマホにしなきゃいけないと思っていただろうけど、する勇気もなかったり、機会もなかった。また、今回の全体の中ですごく強かったのが腸内細菌というワード。腹の中なので見えない。睡眠などは体感できるし、血圧はみんな意外に測っているし、なんとなく感じているわけじゃないですか。そうしたときに、見えないもの、未知のものっていうところへの好奇心があったのではないかと思います

地域の抱える課題解決に向けた地元の人たちの熱い思いがまず先にあり、「自分で自分の健康をデザインして100年生きる」というヒューマノーム研究のコンセプトへの賛同があって今回の観測実現へ至ったわけだが、湯野浜の人たちの表情、声、その内側にある思いに触れていくと、ヒューマノーム研究の輪が、関わる人自身の未知への好奇心によって広がっていくのが感じられた。

「世界で最初の25人」が集まりいよいよ観測が始まった「湯野浜ヒューマノームラボ」。次回【後編】では参加者がどのようなことを考えながら観測に取り組んでいたのか、観測後のインタビューをまじえながら、ヒューマノーム研究のめざす先を展望する。

<つづく>

(文・写真:天野尚子)