湯野浜ヒューマノームラボ 第5回:健康になりたい、でも面倒くさい ー テクノロジーで食をマネジメントする未来
ヒューマノーム研究所と生体データ計測・解析を専門とするベンチャー企業5社による共同研究プロジェクト「湯野浜ヒューマノームラボ」の連載企画。第4回から5回にわたり、プロジェクトの旗振り役としてベンチャー集結を呼びかけたヒューマノーム研究所の井上浄を聞き手に、スペシャリストたちの見つめる世界を共有しながら、ヒューマノーム研究によって拓かれるその先の可能性について探っていく。
今回は、食事と血圧の記録・解析を担当した株式会社ウェルナス代表取締役の小山正浩さんに、同社の食品機能を活用したヘルスケア事業をはじめ、食事というインプットが人間の健康のさまざまな側面にどのような影響を与えているのかについて、話を聞いた。
ナスとの出会いは偶然に
「人は食べたものでできている」といわれるように、人間が生きていく上で欠かせない食事。「人生100年時代」の到来によって健康ブームは加速し、「食」の健康志向も高まっている。スーパーなどには機能性食品をはじめ健康を意識した商品を数多く見かけるようになり、さらにデジタルツールの普及、ライフログ活用のテクノロジーの発達によって、パーソナライズされたヘルスケア情報が得られるなど、私たちの食と健康の関係は新たな局面を迎えようとしている。
ウェルナスでは「食で実効的な健康を届ける」というビジョンを掲げて、健康の可視化、個人化の実現を目指しており、血圧を下げる効果がある成分「コリンエステル」を使った機能性食品の製造販売に加え、血圧や食事のデータ解析を活用したヘルスケアマネジメントのサービスを提供している。
井上
まずはウェルナス立ち上げのところの話を聞かせてください。そもそもは、自分が高血圧で非常に悩んでいて、それを解決したいというところから始まっているんですよね。
小山
私は遺伝的に高血圧で、高校生のころは、上の血圧が160ぐらいあって、いつも健康診断で引っ掛かっていました。血圧を下げると言われている食品をいろいろ試して、自分に唯一効果があったのが、信州大学農学部で研究していたソバの種を発芽させたスプラウトの発酵食品の絞り汁だったんですね。その後大学で研究を始め、どういう成分が高血圧に効いているのかずっと分析して、出てきたのがコリンエステルという成分で、ナスにも多く含まれています。
コリンエステルは胃腸の表面に作用して交感神経活動が抑制され、その結果リラックスするのですが、大量に摂取しても副作用がなく体の中に蓄積しない、安全性も非常に高い成分です。あとは汎用性が高くて、熱に強く、水によく溶けます。お茶に入れたり、パンに混ぜ込んで熱をかけても大丈夫なので使いやすさもあります。
小山 正浩 Masahiro Koyama
株式会社ウェルナス 代表取締役
信州大学大学院総合工学系研究科博士課程修了。農学博士。信州大学農学部応用生命科学科博士研究員を経て、2017年5月、機能性食品の研究成果の社会実装を目指し、大学発ベンチャーとして株式会社ウェルナスを設立。長年の高血圧・睡眠障害に関する悩みがコリンエステルによって改善されたことを自ら体感し、より多くの人々にその効果を届けることに使命を感じている。
井上
ナスにコリンエステルが入っているとわかったのは偶然なのですか。
小山
それは本当に偶然です。ソバ以外にも入っているのではないかということで、いろいろな野菜と果物、発酵食品を分析したら、ナスに大量に入っているのがわかりました。他に比べて1000倍以上の含有量で、もともと研究していたソバスプラウト発酵食品の5倍以上でもあったので、じゃあ、ナスでやろうということになりました。ナスの白い果肉の部分にたくさん含まれています。
井上
1000倍はすごい。研究の醍醐味だ。ところでナスであればなんでもいいんですか。スーパーに売っているようなものでも。
小山
どのナスでもいいわけではなく、特定の品種に多く含まれています。高知県にコリンエステルがいっぱい入っているナスがあるんですね。なぜその品種にだけ大量に含まれているのか、まだわかっていないんですが。高知県産のナスはハウス栽培で非常に安定した品質でコリンエステルの含量も保証できるということで現地の生産者と提携しています。信州大学とは共同研究をしていて、大学が持っている特許をウェルナスが独占的に使えるようにしてもらっています。
健康でいることは、面倒くさい
井上
湯野浜で行った計測では、1日2回、4週間にわたって血圧を測定し、期間中のすべての食事内容についても記録してもらいました。血圧を日常的にこれだけの頻度で測っている人はそんなに多くないと思いますし、毎日の推移が見えることでわかってくることもあったのではないでしょうか。
小山
年末年始の休止期間をはさんでの計測でしたが、正月明けに血圧が上がっている人が多いので、正月の食生活は関与しているんじゃないかと思います。今ちょうどレポートを作っているところなのですが、ナトリウムの摂取量と、血圧の上と下の数値の毎日の推移をグラフで示しています。
井上
ナトリウムの摂取量が上がると血圧の数値が上がる人もいれば、そうではない人もいますね。
小山
そうなんです。ナトリウムの量と血圧に相関が見られる人は、ナトリウム感受性が高いということがわかります。けれど、塩を取ると過敏にそれに反応して血圧が上がる人と、そうではない人というのがいるんですね。だから一般的に塩分を控えれば血圧が下がると言われていますが、それも万人に当てはまるわけではありません。
井上
ナトリウム感受性が高い人の場合、いつもより血圧が高い日は、塩っ辛いものをたくさん食べたかもしれないということですか。
小山
食事のメニューも全部記録しているので、この日の前日に何を食べたかということから塩分が影響しているかどうかを見ることができます。自分が何に影響を受けるのか、将来的には塩だけではなく、他の成分も全部出していきたいと思っています。たとえば、血圧以外に、「もうちょっと深い睡眠が欲しい」となった時に、自分はどういう成分を摂ればいいのかということも言えるように。
井上
じゃあ今回の計測で、血圧が高かった日の睡眠時間はどういう傾向だったのか気になりますね。
小山
そうです。だから今回取ったデータを全部組み合わせて、それがどういう相関があるか出せば、その人だけの体質っていうものが見えるかもしれないと思っています。
井上
まさにこれからヒューマノーム研究でやっていくところですね。
小山
今、人によって血圧に影響を与える栄養成分が違うといったことなど、バイタルを理論的に計算できるシステムを信州大学と作って特許を出しています。たとえば血圧を110にしたい時の栄養成分というものが、理論値で全部出てくるというシステムです。いろいろなインプットデータを入れていって、改善したいことに対応した最適な食事メニューを提示できます。自分でも試して塩の感受性が非常に高いという結果が出ましたが、これは必ずしも万人に当てはまる結果ではありません。そうなるとやっぱりその人だけの健康メソッドというものを提供していかないとダメだなと感じています。
井上
腸内細菌との関連も出てきそうですね。もちろんこれからもインプットは食事を中心に集めていくということだと思いますが、今後のビジョンとして、現状からどんなステップを踏んでいくのをイメージしていますか。
小山
まずこの解析システムをもっと練りたいと思っています。その後もっと踏み込みたいのは、食事のサービスですね。やっぱりサプリだけでは健康になれないので。
井上
なるほど。インプットを解析して、インプットをソリューションとして提供できるところへ持っていきたいというのが、ウェルナスの考える未来ということですね。僕らの体って食べ物でできているんですよね。食べない人っていない。その当たり前の大前提みたいなところが、あまりに雑になっている。今日ぐらいはカップラーメンでいいだろう、これだけ飲み過ぎてもいいだろう、とか。
小山
かといって、カップラーメンを食べるな、お酒を飲むなというのは無理がある。生活習慣を尊重しないと続かないと思っていて、ラーメンを汁まで全部飲んだ日があったとして、塩分は確実に6gを超えますが、そういう日があってもよくて、他の日でそれを調整しようという考え方でやっていきたいと思っているんですね。健康って面倒くさいことだと思うんです。みんな健康になりたいという思いはあるけど、じゃあ、健康になるための行動を実際にやりますかと聞いたら、「ちょっと面倒くさい」って思ってしまう。その面倒くさいことをやろうと思えるためにはどうしたらいいか。
井上
わくわくできればいいんじゃないかな。
小山
そのためには見える化、個人化が必要ですね。「あなたにはこれが効きます」といったデータが出たら、「わー、すごいな」って思うじゃないですか。「それならこれを食べた方がいいな」と自分から思えることが大事です。機能性食品って、自分で効果がわからないので継続もしにくい。今後、遺伝子検査などで自分の疾病リスクっていうのがわかってきた時に、それに合わせた食のマネジメントが必要になってくると思います。薬に頼らず食事で体調を調整できるのであればそれがベストで、健康寿命を延ばすということをやっていきたいです。そのためのソリューションのひとつとして、まずは、ナスというサプリメントがあるし、アルゴリズムがあるというかたちです。
インプットとアウトプットがわかれば健康になれる
小山
人類はずっと健康になりたいと思っていて、でも健康になるためのことにはなかなか手をつけられないという現実がある。人間って矛盾を抱えている生き物だなって思います。
井上
「自分は大丈夫」とか「まだ大丈夫」って思うのはなんでなんだろうね。そこに深い何かがある気がするけどまだはっきりと分からない。
小山
だから理想と現実をもっと埋めるためのサービスが必要なんじゃないでしょうか。これからのテクノロジーで、理想にも現実にも寄り添ったものっていうのが作れるし、作るためにこれからベンチャーがやっていかなきゃいけないのかなと思います。
井上
それじゃあヒューマノーム研究に期待するところとか、これからこういうふうに連携していきたいといったことはありますか。
小山
将来の理想としては、インプットとアウトプットが全部わかれば、人が理解できるし、健康になれると思っています。このプロジェクトやいろんなベンチャーのつながりで、どんどん積み重ねていければいいですね。うちのような立ち上げたばかりの小さいベンチャーって、何か実証試験をやるとなるとめちゃくちゃ労力が必要で、自分だけではなかなか回せないので。
井上
やってみてわかることもたくさんあって、どういう体系でデータを保存していったらいいかっていうのもわかってきたので。ここからようやくですね。
小山
データを全部つなげるのが大変ですよね。
井上
大変だけど、そこにこそ意味がある。
小山
一番面白いものがそこに眠っている。
井上
インプットの見える化をしていくとなると、各ベンチャーの技術はとても重要。たとえばAMI株式会社とならば、血圧、食事の情報に血液の情報が加わるし、あるいは心臓の病気の情報も合わさってくるかもしれない。それはお医者さんの診断のひとつのツールになり得るし、さらにそれらの情報が自分で見えるようになってくると、それこそ、お医者さんがパソコンの中にいるっていう状況が作れるんだろうし。
小山
実は、別のプロジェクトではナスのサプリメントで睡眠時間が長くなるという結果が出ています。交感神経活動が抑制されて、リラックスするためだと考えられます。
井上
だとしたら、そこで解析したデータと、たとえばニューロスペースのやっているアルゴリズムで解析しているものと、何か違う作用があれば、もうちょっと解像度よく睡眠との関連が見られるかもしれない。ニューロスペースと一緒にできそうですね。
小山
そうですね、やりたいです。
井上
「ヒューマノーム研究」をみんなで進めて、データが集まってくるという状況を作ってデータが蓄積されれば新たな事実が明らかになる。ぜひ一緒にやっていきましょう。インプットとアウトプットがあれば、人は理解できる。それを達成できる場所、仲間がいる、それがヒューマノーム研究というチームですね。
私たちの健康にどんな影響をもたらしているのか、まだまだわからないことの多い睡眠や食事。当たり前のように積み重ねている日常が、データとして積み重なってきたときに見えてくるものがあり、それはテクノロジーによって一人ひとりの生活に寄り添ったソリューションを提供できる未来でもある。次回スポットを当てるのは、遠隔医療サービスとそれに関わる医療機器の研究開発を行うAMI株式会社。技術革新によって医療現場も大きく変わる中、人の健康とテクノロジーがどうつながり合うのか、話を聞く。
<つづく>
(文・写真:天野尚子)
特集『湯野浜ヒューマノームラボ』
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