横浜市立大学木原生物学研究所 清水健太郎 客員教授(チューリッヒ大学 教授兼任)およびエルピクセル株式会社 島原佑基 取締役、筑波大学 田中健太 准教授、チューリッヒ大学 清水(稲継)理恵グループリーダー、農業・食品産業技術総合研究機構 孫建強 主任研究員、株式会社ヒューマノーム研究所 瀬々潤 代表取締役社長(産業技術総合研究所 客員研究員兼任)、京都大学 生態学研究センター 工藤洋 教授、東京大学 黒木健 大学院生、金沢大学 秋田純一 教授らの研究グループは、野外での植物の状態をモニタリングするAIを利用した画像解析システム(PlantServation)を開発し、色素量の変動を指標として植物の環境応答を解析できる手法を確立しました(図1)。
本研究ではNHKのドラマ、連続テレビ小説「らんまん」のモデルにもなった牧野富太郎博士が名付けたことでも知られるタチスズシロソウなどの植物の画像データを400万枚以上収集し、解析しました。その結果、種間交雑に由来する植物が様々な環境に適応する頑健性をどのように示すのかを解明しました。地球環境の変動による食糧生産への影響が危惧される中、実験室内ではなく野外の変動環境における植物の環境応答の研究は近年重要視されています。本研究で開発したAIを活用した研究手法は様々な作物や野生植物へ適用が可能で、生態学、進化学、農学などへの貢献が期待されます。
本研究成果は、オンライン国際科学雑誌「Nature Communications」に掲載されます。(日本時間2023年9月22日(金)18時)
研究成果のポイント
- AI技術を利用して、植物の野外画像解析システム(PlantServation)を独自開発しました。
- 牧野富太郎博士が命名した植物タチスズシロソウなど進化学的に興味深い4種の大規模画像データを収集し、解析した結果、種間交雑に由来する異質倍数体植物が、広い環境に適応する頑健性をどのように示すのか明らかにしました。
- このシステムは低コストかつ汎用性が高く、今後コムギなど作物への応用が期待されます。
研究背景
近年、地球環境の変動によって、野生植物への影響のみならず作物の生産も減少することが懸念されています。これまでは、植物の環境応答を調べるためには、実験室内で光や温度など環境条件を操作する方法が一般的でした。しかし、近年では、刻々と変動する非常に複雑な野外環境で見られる植物の応答は、人為的で単純な室内環境だけでは捉えきれないことが指摘されています。特に分子メカニズムの研究に使用されてきたモデル植物であるシロイヌナズナ属の植物では、実験室内での研究が中心であり野外での研究例が不足していました。植物の環境応答を解明する上では、シロイヌナズナ属の知見を蓄積し、他種へも応用してゆくという方策が重要です。
また常に変動する環境である野外における調査では、光・温度・降水など多様な環境条件を網羅できる大規模なデータ収集の実現が望ましい一方、環境に応答した遺伝子の発現や代謝物の変化を捉えるための大規模かつ人の手による試料の破砕・抽出・計測作業の実施は容易ではありません。そこで本研究では非破壊的かつ比較的容易に大規模データを収集できる画像解析を利用して、野外環境下のシロイヌナズナ属植物について、環境応答パターンを読み解くという方法を取りました。
本研究で対象にした植物は、世界中で研究が進んできたモデル生物シロイヌナズナとその仲間です。中でもタチスズシロソウという植物は日本に分布し、牧野富太郎博士が1913年に命名したものです(図2)。これまでの研究で、清水客員教授らは、タチスズシロソウが、シロイヌナズナの近縁種二種が交雑し、双方の染色体DNAを併せ持った異質倍数体*1植物であることを発見しました。そこで本研究では、種間交雑によってより広い環境に生育できる、つまり環境頑健性*2が上昇するという仮説を検証する材料としてタチスズシロソウを利用しました。
研究内容
本研究ではまず画像データを収集・解析するシステムを独自開発しPlantServationと名づけました(図1)。ハードウェアそのものはデジタルカメラを農業用パイプに固定した簡易な設計ですが、屋外の様々な天候の下における安定したデータ品質と長期間の撮影を両立するため、給電ケーブルや雨よけなど、工夫を凝らした周辺設備を開発しました。野外に植えたシロイヌナズナ属の多様な系統を時系列撮影して、のべ400万枚以上に及ぶ画像を取得しました。しかし大規模な画像データから植物部分の情報を取得することは単純ではありません。図3に示したように、中には葉の色が暗く背景とよく似ている画像もあり、人間の目でもよく凝らさないと認識が困難です。本研究では、深層学習によるセグメンテーション*3というAI技術を利用することで植物部分の自動認識に成功しました(図3, 4)。さらに植物の色情報からアントシアニン色素量を推定する機械学習の手法を用いて、画像データセットから色素の時系列変動を捉えることができました。赤みを与える色素であるアントシアニンは、紅葉にも代表されるように季節や環境条件に応じて植物ごとに量が変動し、葉の色合いとして反映されるため、植物の環境応答パターンを知る上で良い指標として利用できます。こうした一連の開発は、横浜市立大学の爲重才覚特任助教、エルピクセル社の朽名夏麿研究員, 登内亜弥研究員、後藤隆男研究員(当時)、チューリッヒ大学の秋山玲子上級研究員らの学際的かつ産学共同の研究体制によって可能になりました。
こうして得られた様々な系統の色素変動データを比較した結果、近縁の種間や系統間でも差異が見られました。さらに、それぞれの系統の変動パターンを気象データと併せて統計解析した結果、気温・日射量・降水量といった環境要因に応じて系統ごとに異なる応答パターンで色素量を調節していることがわかりました。気温が何度変わると何日後に色素量がどの程度変化するのか、といった詳細で定量的な環境応答パターンを、野外環境下の植物において初めて解明しました。
さらに、進化学上の重要な知見も得られました。二つの近縁種の交雑から生じた異質倍数体は両親種より多様な環境に適応できると考えられる例が多い一方で、異質倍数体の形質には謎が多く、親種の形質をどの程度受け継ぐのか、全く新しい形質を示すのか、といった点は長年議論されています。シロイヌナズナ属のタチスズシロソウも異質倍数体ですが、今回の画像解析システムでこの環境応答を調べたところ、特定の季節や環境下では親種のうちどちらか一方と似た環境応答パターンを示すが、季節や環境が変われば他方に似たパターンを示す、という複雑な組み合わせになっていることが判明しました。これは両親の性質を潜在的に受け継ぎながら、環境に応じて一方の形質を強く示すという異質倍数体の柔軟な性質を示唆しています。地球上のさまざまな環境で多様な異質倍数体が環境頑健性を示して繁栄する上で、この性質が重要な働きをしたのではないかと考えられます。
今後の展開
野外環境での植物の環境応答を解明するための研究は、生態学・進化学・農学などの分野でいっそうの発展が求められています。本研究では大規模データとAI技術を上手く活用することで新たな知見につなげることに成功しました。今回開発した画像撮影のハードウェアは比較的低予算で誰でも構築できるものです。また画像解析のソフトウェアもオープンソースソフトウェアとして公開しており、誰でも利用することができます。今回の研究ではモデル植物であるシロイヌナズナ属の植物を用いましたが、今後PlantServationを多様な植物に対して利用することで、作物の環境ストレス耐性から希少植物の生態調査まで、さまざまな研究を推進できると期待されます。
今回明らかになった異質倍数体植物の環境応答は進化的にも興味深いものでしたが、環境がいかに植物の遺伝子に影響を与え、遺伝子がどのように色素代謝やその他の生理機能を調整しているのか、という分子レベルでの知見はまだ不足しています。異質倍数体は遺伝子レベルでの解析が難しいと言われていましたが、近年少しずつ解析手法が確立してきました。今後は遺伝子データも含めて画像データや気象データと統合的に解析することで、異質倍数体の興味深い環境応答の仕組みや進化について、さらに分子レベルで解明できます。とくに異質倍数体植物の例として、世界三大穀物であるコムギをはじめ多くの作物が挙げられますが、こうした作物の研究への応用も重要です。今回開発したPlantServationによる画像解析と遺伝子レベルでの研究手法を組み合わせることによって、将来的には環境ストレス耐性を強化して気候変動に対応できるような品種改良へもつながる知見が得られると期待されます。
研究費
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業JPMJCR16O3 (CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」)、JSPS科研費22K21352(国際先導研究「植物生殖の鍵分子ネットワーク」)、京都大学生態学研究センターの共同利用・共同研究事業、チューリッヒ大学学内重点領域「進行中の進化」、チューリッヒ大学・京都大学・東京大学協力プログラムなどの支援を受けて実施されました。
論文情報
- ◯ タイトル
- Seasonal pigment fluctuation in diploid and polyploid Arabidopsis revealed by machine learning-based phenotyping method PlantServation
- ◯ 著者名
- Reiko Akiyama, Takao Goto, Toshiaki Tameshige, Jiro Sugisaka, Ken Kuroki, Jianqiang Sun, Junichi Akita, Masaomi Hatakeyama, Hiroshi Kudoh, Tanaka Kenta, Aya Tonouchi, Yuki Shimahara, Jun Sese, Natsumaro Kutsuna, Rie Shimizu-Inatsugi, Kentaro K. Shimizu.
- ◯ 雑誌
- Nature Communications
- ◯ DOI
- doi.org/10.1038/s41467-023-41260-3
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