熱帯雨林樹木“フタバガキ”の乾燥応答遺伝子の数が増加していた 〜ゲノム解読から気候変動対策へ〜

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横浜市立大学木原生物学研究所 清水健太郎 客員教授(チューリッヒ大学教授兼任)、マレーシア森林研究所 Kevin Kit Siong Ng 主任研究員、Soon Leong Lee 遺伝学グループ長、国際農林水産業研究センター 小林正樹 主任研究員、理化学研究所 Jeffrey Fawcett 上級研究員、金沢大学 西山智明 助教、株式会社ヒューマノーム研究所 瀬々 潤 代表取締役らの研究グループは、地球環境にとっても輸入木材としても重要な熱帯樹種フタバガキ科*1樹木のゲノムを解読しました。

雨に恵まれた東アジア熱帯に生育しているにもかかわらず、予想外なことに乾燥応答遺伝子が増加しており、熱帯での稀な乾燥の重要性が明らかになりました。地球環境変動によって、熱帯ではエルニーニョ・南方振動と関連する大規模乾燥が深刻化しており、本研究の成果の持続的林業と熱帯雨林保全へ向けた応用が期待されます。

本研究成果は、Nature姉妹誌「Communications Biology」に掲載されます。(日本時間:2021年10月7日18時)

研究成果のポイント

  • 東南アジア熱帯雨林に優占するフタバガキ科樹木のゲノムを解読した
  • 白亜期末の大量絶滅期と一致する時期に、全ゲノム遺伝子が2倍に重複し、その後乾燥応答遺伝子が特に保持されてきた
  • 熱帯でも稀に起こる大規模な乾燥が樹木にとって重要な環境刺激になっている可能性があり、地球環境変動による影響が懸念される
図1:フタバガキ科樹木が優占する東南アジア熱帯雨林 写真提供 マレーシア森林研究所Dr. Kevin Kit Siong Ng とサバ州森林研究センター Dr. Robert Ong

研究背景

東南アジア熱帯雨林は、二酸化炭素吸収に大きな役割を持ち、生物多様性のホットスポット*2となっています。この地域は、1年毎の明確な乾季がなく雨に恵まれていると考えられています。しかし気候変動により、今後この地域でも乾燥の影響が増加するとの報告もあり、森に生える植物への影響が懸念されています。この地域の森を代表する樹木のグループの一つがフタバガキ科です(図1)。

フタバガキ科樹木の材は合板に加工され日本に大量に輸入されています。このような東南アジア熱帯雨林を代表する重要な林業樹種への気候変動の影響を理解する上で、この樹木がどういうDNA配列と遺伝子を持っているかを知ることは重要です。そこで私たちは、フタバガキ科を代表するShorea leprosula(図2)のゲノム解読を行いました。

図2:ゲノム解析に用いたShorea leprosula 個体
マレーシア森林研究所所内

研究内容

本研究では、イルミナ社の次世代シーケンサーにより配列決定を行い、340 Mb(3億4千万塩基対)のゲノム配列を得ました。ゲノム配列からはカカオやシロイヌナズナの遺伝子と相同性を示す約4万4千の遺伝子を予測できました。さらに、カカオのゲノムと遺伝子の並びを比較すると、全ゲノム重複*3の形跡が見つかりました。(図3)

この重複は、白亜紀の末*4ごろにアジアに分布するフタバガキの共通祖先で起こったと推定されました。また重複している遺伝子を分類した結果、シロイヌナズナ等で乾燥応答に関与する遺伝子と相同な遺伝子が多数重複状態を維持していることがわかりました。実際にShorea leprosulaで乾燥実験を行ったところ、乾燥に応答して発現が上昇する遺伝子はゲノム重複によって重複している遺伝子に多いことがわかりました。

このような雨に恵まれた地域に分布する樹木で乾燥応答遺伝子が多数重複を維持しているという結果は、予想外のものでした。暗い洞窟で暮らす魚が目を失うように、水が豊富な場所に生える植物は乾燥応答遺伝子を失っている可能性もあったからです。これらの結果は、乾燥に対応する能力がこの種の繁栄にとって重要であることを示唆しています。この地域は、毎年の乾季があるわけではありませんが、エルニーニョ・南方振動と関連して数年に一度大規模な乾燥が起こることが知られており、このような不定期な乾燥が重要な役割を果たしている可能性が考えられます。

図3:ゲノム解析と比較から推定されたフタバガキゲノムのなりたちの模式図 カカオゲノムの1領域がフタバガキゲノムの2領域に対応するというパターンがゲノム中に見られるため、フタバガキで全ゲノム重複が生じたと推定される。全ゲノム重複した後、両方維持される遺伝子(A, C, E, G)と重複遺伝子の片方が失われている遺伝子(B,D,F)がある。乾燥応答遺伝子(グレー)は両方維持されている割合が大きい。カカオとフタバガキが分岐したのは、一億年弱前くらい、フタバガキの全ゲノム重複は約7千万年前と推定され、白亜紀(1億4500万年〜6600万年前)の末頃に一致する。

今後の展開

本研究の結果、フタバガキ科樹木は乾燥応答遺伝子を多数持つことが示されました。東南アジア熱帯地域は、気候変動により今後、乾燥の影響が増加する可能性があります。本研究の知見を生かし、乾燥に適応した個体を選抜・育種することで持続的フタバガキ林業へと貢献できる可能性や、熱帯雨林の保全への応用ができる可能性があります。

研究費

本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」、新学術領域研究「植物の成長可塑性を支える環境認識と記憶の自律分散型統御システム」、特別研究員奨励費14J11547の支援を受けて実施されました。

論文情報

  • タイトル:The genome of Shorea leprosula (Dipterocarpaceae) highlights the ecological relevance of drought in aseasonal tropical rainforests
  • 著者:Kevin Kit Siong Ng, Masaki J. Kobayashi, Jeffrey A. Fawcett, Masaomi Hatakeyama, Timothy Paape, Chin Hong Ng, Choon Cheng Ang, Lee Hong Tnah, Chai Ting Lee, Tomoaki Nishiyama, Jun Sese, Michael J. O’Brien, Dario Copetti, Mohd Noor Mat Isa, Robert Cyril Ong, Mahardika Putra, Iskandar Z Siregar, Sapto Indrioko, Yoshiko Kosugi, Ayako Izuno, Yuji Isagi, Soon Leong Lee & Kentaro K. Shimizu
  • 掲載雑誌:Communications Biology
  • DOI:10.1038/s42003-021-02682-1

用語説明

*1 フタバガキ科

被子植物の科の一つ。フタバガキ科には500以上の多様な種が含まれ、東南アジア熱帯雨林の優占種群である。フタバガキ科の多くの種は重要な林業樹種となっており、その材はラワン材と呼ばれ、建設現場でコンクリートを流し込む型枠(コンクリートパネル)や住宅の下地材として使われる。フタバガキ科サラノキ属(Shorea )は特に木材としてよく利用されている。本研究ではサラノキ属の1種であるShorea leprosula のゲノム解読を行った。

*2 生物多様性のホットスポット

生物多様性の非常に高い地域でありながら、絶滅に瀕した種も多く、保全の重要性の高い地域である。フタバガキ科の多くの種が分布するマレーシアやインドネシアといった東南アジア熱帯地域(スンダランド)は、生物多様性ホットスポットの一つとなっており、フタバガキ科の中にも絶滅が危惧される種が多数存在する。この地域のボルネオやスマトラには、大型類人猿の1種であるオランウータンも生息する。フタバガキ科の成木は樹高が50 mを超えるため、ゲノム解析のためのサンプル収集はスリングショット(パチンコ)を使っても困難な作業であるが、スマトラでの調査旅行の際には、オランウータンが枝を研究者に投げてくれたことでサンプルを採集ができたという幸運もあった。(図4)

図4:スマトラで研究者に枝を投げつけて、結果としてサンプル採集を助けてくれたオランウータン

*3 全ゲノム重複

ヒトなど多くの真核生物はゲノムを2セット持つ(2倍体)が、減数分裂のエラーなどにより、ゲノムを4セット持つ個体(4倍体)が生じることがあり、この現象を倍数化という。特に植物では4倍体の種が多く存在し、稀に3倍体、6倍体、8倍体の種も存在する。一方で2倍体の種でも、ゲノムを解析すると、多くの遺伝子や領域が過去のある時点で同時に重複していたという、つまりその種の祖先が倍数化していた痕跡が見つかることがある。このような遠い昔の倍数化のことを特に全ゲノム重複、あるいは古倍数化と呼ぶ。ほとんどの被子植物が、過去に複数回全ゲノム重複を経験し、また多くの脊椎動物の共通祖先において全ゲノム重複が2回生じたことが分かっており、ヒトゲノム中にもその痕跡が認められる。

*4 白亜紀の末

巨大隕石の衝突、大規模な火山活動や酸性雨、その他劇的な環境変動により、恐竜など多くの生物の大量絶滅が起こった。この時期の前後に、多くの植物で独立に全ゲノム重複が起きていたことが報告されている。

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